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日刊ハレ Ver2.11

2016年、更新再開です。好きな漫画、特撮、音楽の感想など、無名人の趣味と駄文の遊び場です。

誘~New Temptation~惑  

誘~New Temptation~惑

2011/08/19 02:53


Laputa『誘~New Temptation~惑』を聴き返す。

今も変わらずに聴き返すバンドのひとつ。
今作がフルアルバムとしては最後であり、
日本クラウン移籍後の二枚目のアルバム。
シングルを出しておきながら先行にせず、
未収録でいきなりアルバムという異色作。
移籍の前と後では賛否両論だろうと思う。
私的には賛の方向で好きなんだけれども。

彼らのケミカルリアクションはそれだけ劇的と言えた。
従来のファンが呆然としてもおかしくはない変貌ぶり。
誤解を恐れずに言えば、同じバンドとは思えないというファンがいても無理はない。
でも自分もファンだからこその視点で言えば、だからこそ彼らだよなと評価したい。
聴き返しながら、例によって長々と歴史と共に評価を書き連ねてみようと思う次第。

最大の転機はミニアルバム『glitter』であろう。
ここまで打ち込みを全編に渡って打ち出した作品は初。
同時にソングライティングの比率もメンバー間シフト。

では、それ以前はどうだったのか。
実は、その兆しはあったのである。
移籍前、東芝EMI時代に遡って、
ふれていったなら、実に興味深い。

アルバム『翔~カケラ~裸』の頃は『Pink animals』。
アルバム『麝~ジャコウ~香』の頃は『ナイフ』。
アルバム『絵~エマダラ~斑』の頃は『MOVE ON DARKNESS』。
いずれも移籍後のメインソングライターとなるJunji楽曲ではある。
Junji楽曲とバンドの深化が年を重ねる毎に増しているのが窺える。

では他のメンバーはどうか。
これまた実に興味深いのだ。
シングルにもなった『VirgIn Cry』はイントロからあの大胆なアプローチ。
『Virgin Cry』以前にピアノやキーボードを主軸に据えたことはあったが、
これはポイントと言えるだろう。
更に遡ればまだ発見はあるのだ。

アルバム『蜉~かげろう~蝣』に収録されている『trance』が正しくそうではないだろうか。
『蜉~かげろう~蝣』は言わずもがなのデビューアルバムで『trance』は一曲目に位置する。
無論、アルバムへの入り口という位置付けは充分わかっているつもりであるが、
やはり今振り返っても、あの作品のあの位置には運命的なものを感じてしまう。
インストでありながらも歌詞があったりするナンバー。
更にその歌詞にコアなファンならニヤリとするはず。
正にデビューアルバムの入り口にこそ相応しい、
彼らの新しさと変わってない本質の同居であり、
『インディーズ時代からのリスナーにそれを知らしめた』名作である。
実はこれこそ最後のアルバムを筆者が後述で評価する『理由』だった。

アルバム『蜉~かげろう~蝣』は実に意義深い作品でもある。
インディーズ時代から用いてきた放送禁止用語ではなく、日常会話で飛び交う言葉を重視している。
あからさまに過激な言葉じゃなくても、日常の言葉でバンドの世界を表現できるという自信であり、
実はそちらの方が怖いのじゃないか、
という彼らからの問いかけだったり。
もしかしたら背中の数センチ後ろにまで迫っているのかもしれない、
というような彼らのリアリティーの狭間での非現実的な世界の表現。
これぞ彼らが提唱してきたパラドキシカルリアリティーではないか。

サウンドの方もまた然り。
ギターが歪んでいなくても、
リズムが重くはないとしても、
テンポがゆるやかであろうとも、
激しく感じられる楽曲。
内面的な激しさの追求。

パラドキシカルリアリティーと内面的な激しさ。
正に彼らのバンドコンセプト二本柱じゃないか。
それらがメジャーでも遺憾なく発揮された名作。

続くアルバム『絵~エマダラ~斑』。
これは敢えて寄り道したアルバムである。
彼らの最もダークでハードでコアな結晶。
敢えてメジャーで、しかも二作目でやる辺りが最高。
未だにコアなファンがベストに挙げるのも、頷ける。

続くアルバム『麝~ジャコウ~香』。
こちらは前作を踏まえた『何でもできるLaputa』である。
『Laputaが寄り道した理由』が逆説的に証明されている。
曲調も実にバラエティーに富んでいて、
ありそうでなかった楽曲もまたニクイ。

続くアルバム『翔~カケラ~裸』。
オリジナルとしては東芝EMI時代での最後の作品。
その締め括りに恥じない完成度の高さが素晴らしい。
シングル曲も歴代アルバムの中で最多であり、
且つどれがシングルでもおかしくない完成度。
まるでベストアルバムかとも思える名曲揃い。

そして日本クラウン時代。
未だに賛否両論であろう。
ここで筆者が移籍後も変わらずに彼らを評価している理由を述べたい。
バンドサウンドの拘りを捨てたと思うリスナーもいたのかもしれない。

しかし、本当にそうなのだろうか。
彼らはメジャーシーンでも新しい挑戦をし続けた。
時に寄り道をしたり時にバラエティーに富んだり。
彼らは彼ら自身の枠組を次々と壊していった。
これもまた変貌の一端じゃないかと思うのだ。

唯一のアルバム未収録で、事実上のラストシングルである『深海』で彼らはこう歌っている。
「優しさ切なさに包まれ 問いかけた」
「輝く場所なんて どこでもかまわないだろう?」

活動するシーンがどこであろうと、
レコード会社がどこであろうとも、
新しい表現手段で活動しようとも、
かまわないだろうと聴こえるのだ。

間奏部分とその歌詞がまた実にニクイ。
ここにも彼らの確信が感じられるのだ。

同時収録された『Brand-new color』も重要な要素がある。
作曲クレジットがK&J、つまり弦楽器の二人なのだ。
ソングライティングを担当してきた二人、彼らの合作。
ちなみにデビューアルバム当時の連名表記ではなく、
二人のグッズブランド名を冠した辺りにまたニヤリ。

昔から言われてきたが、彼らはシングル表題曲よりカップリングに人気があるくらいだった。
彼らのラジオ番組でリスナーに募集をかけたときも、上位はカップリング曲が集中していた。
ライヴでも欠かせない人気でその評価は高く、カップリングベストが出るほど人気を博した。

彼らの遊び心と探求心は移籍後に爆発したのじゃないかと思えてならない。
セルフマネージメントオフィス設立と移籍のダブルパンチの後だけに尚更。
彼らが自由にのびのびとやりたい放題やってくれたと私は感じているのだ。

そう、深化したパラドキシカルリアリティーと内面的な激しさを、
正に、新たなる環境から今まで聴いたファンに知らしめたのだと。
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